大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)8358号 判決

判  決

横浜市神奈川区入江町一丁目五三番地

原告

三浜精機株式会社

右代表取締役

党藤一正

右訴訟代理人弁護士

松野裕裔

現住所不明

(最後の住所)

東京都大田区調布鵜ノ木町二五〇番地

被告

石井繁蔵ほか三名

右被告

四名(長女、鈴木、山本、海保)

訴訟代理人弁護士

細野良久

酒井雄介

右当事者間の昭和三三年(ワ)第八三五八号未払株金払込代位請求事件について、当裁判所は、昭和三十六年六月十二日終結の口頭弁論に基き、次のとおり判決する。

主文

被告石井繁蔵は原告に対し金百拾六万五千八百五十円ならびにこれに対する昭和三十三年十月二十五日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被告長安亮、同鈴木龍雄、同山本耕司及び同海保悦夫に対する原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は被告石井繁蔵を除く爾余の被告と原告間に生じた費用はこれを原告の負担とし、原告と被告石井繁蔵間に生じた費用は同被告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める判決

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、連帯して、金、一、一六五、八五〇円並びにこれに対する昭和三十三年十月二十五日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告らの連帯負担とする」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告石井及び他の四名の被告訴訟代理人は、いずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張

(一)  原告の請求原因

原告訴訟代理人は本訴請求の概要として、

本訴は、原告において、訴外三菱精機株式会社に代位して、同訴外会社が被告らに対して有する債権を取立てるものであると述べ、その請求原因とした要旨は次のとおりである。

(1)  被告五名は分離前の相被告歌川謙吉及び同南部庄蔵とともに、株式会社ニュー・ジャパン・オートエンジニヤリングの発起人となつてこれを設立し、同会社は昭和三十二年十一月四日の設立登記によつて成立したが、昭和三十三年四月十九日商号を三菱精機株式会社(以下この会社を第一訴外会社と呼ぶ)と変更した。

(2)  右第一訴外会社の資本の額は金五百万円、発行済額面株式の総数は一万株、額面株式の一株の金額は五百円で、被告ら発起人が会社の設立に際し引受けた株式の数は次のとおりであつて、

被告 石 井 繁 蔵……三〇〇〇株

同  長 安  亮……二〇〇〇株

同  鈴 木 龍 雄……一〇〇〇株

同  山 本 耕 司……一〇〇〇株

同  海 保 悦 夫……九八〇株

このほか、前記発起人歌川、同南部及び株式申込人一名が合計二〇二〇株の株式を引受けたが、被告ら及び他の引受人はその引受株式について会社成立後今日に至るも全く払込をしていない。そこで被告ら発起人は商法第一九二条第二項、第一七七条第一項の規定によつて、同会社に対して連帯して株式発行価額の全額五百万円を支払うべき債務を負担するものである。

(3)  一方、原告は第一訴外会社が昭和三十三年二月十五日原告を受取人として振出交付した左記(甲)(乙)二通の約束手形の所持人であつて、

左 記

(甲)金  額 六六五、八五〇円

満  期 昭和三三年四月一六日

支払地 東京都台東区

支払場所 株式会社都民銀行御徒町支店

振出地 東京都中央区

(乙)金  額 五〇〇、〇〇〇円

その他の記載は甲に同じ

右手形の満期にこれを支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶された。かくして、原告は第一訴外会社に対し右手形金合計一、一六五、八五〇円及びこれに対する満期日以後の商事法定利率年六分の割合による遅延損害の支払を求める債権をもつものである。

(4)  しかるところ、第一訴外会社は、被告ら株式引受人において前記のとおり株金の払込みをせず、また他にこれという資産もなく、かつ、原告が前記二通の手形を支払のため呈示したときはすでに取引停止処分をうけている実情にあるので、原告の上記手形債権はいはゆる「債権保全の必要」がある状態にある。

そこで、原告の右手形債権を保全する必要上第一訴外会社が被告らに対して有する株金払込債権(前記(2))を代位行使し、本訴により被告らが原告に対し右債権額たる五〇〇万円のうちの一部である金一、一六五、八五〇円及びこれに対するその弁済期到来後である昭和三十三年十月二十五日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。

(二)  被告らの請求原因に対する答弁

被告石井及び爾余の被告四名の訴訟代理人は、原告主張事実中、第一訴外会社が原告主張のような経緯で設立され、その商号を三菱精機株式会社と変更したこと、同会社の資本の額、発行済額面株式の総数、額面株式の一株の金額が原告主張のとおりであること、及び同会社の設立に際し、被告五名ほか二名が発起人七名及びほか一名の者が同訴外会社の株式をそれぞれ原告主張のように引きうけたことを認めると述べ、被告石井は、右のほか、原告が原告主張の手形の振出交付をうけて現在その所持人であり、原告主張の日時に支払拒絶となつたことを認め、原告主張のその余の事実を争うと述べ、爾余の被告四名の訴訟代理人は上記のほか、原告主張の手形がその主張のように振出し交付された事実を認めるが、原告主張のその余の事実はすべて争うと述べた。

(三)  被告らの抗弁

(1)  手形に実質的債務がないという抗弁

被告石井及び他の被告四名の訴訟代理人は、

原告主張の手形は第一訴外会社が手形振出の原因となるべき実質的債務がないのに、便宜上原告にあてて振出交代された空手形であり、原告はこれを承知のうえ交付をうけたものであるから、原告は手形金の請求ができない筋合のものであり、従つて本訴は理由がない旨述べ、

右被告四名訴訟代理人はさらにその具体的事実関係として、被告石井、同長安及び同海保はかねて訴外日本自動車部品工業株式会社(以下これを第二訴外会社という)を経営していたが、同会社は原告会社から機械を購入し、その代金支払のため原告会社に約束手形を振出したが、右手形は不渡りとなつたため書替を続けて来たものであるが、昭和三十二年十一月第一訴外会社が設立せられるや、原告会社はこれらの手形の書換振出方を第一訴外会社に要求した。しかし、同会社は支払の余力がないことを理由にこれに応じなかつた。しかるところ、昭和三十三年二月原告会社は右新設の第一訴外会社に対し、「三月の決算期が来るのに潰れた会社(日本自動車部品工業株式会社の意味)の手形では重役に言い訳ができないから、新会社の手形に書き替えてもらいたい、決算のため重役に見せるだけで、新会社には請求しないから、手形を出して貰いたい」と懇請され、その申出のように手形の権利行使をしないという約束のもとに原告主張の日時に振出交付したものである。

と述べ、

(2)  商法第二六五条違反の抗弁

被告石井を除く被告四名の訴訟代理人は、前記人的抗弁が理由ないものとしても、右手形振出は元来第一訴外会社の代表取締役たる被告石井が、取締役会の承認をうけることなしに、その代表権限を適用して、自己が同じく代表取締役をしている第二訴外会社に対して負担する債務につき、右第一訴外会社において債務引受ないし更改をなしたうえ、原告会社に本件手形を振出したものであるから、右債務引受もしくは更改は商法第二六五条に違反して無効であり、従つて原告の本訴請求は理由がないと述べた。

(四)  被告らの抗弁に対する原告の答弁

原告訴訟代理人は

(1)  被告ら主張の第一の抗弁に対し、原告が第二訴外会社と取引をなし、その代金の支払として原告が手形の振出交付をうけたこと、右手形が不渡りとなつて、その後成立した第一訴外会社に対し右不渡りとなつた手形の代りに手形の振出交付方を求めたことは認めるが、その余の点は争う。すなわち、第一訴外会社は第二訴外会社の右債務を引受けた結果、原告に対し本件手形二通を振出し交付したもので、右手形は決して空手形ではなく、また被告四名代理人主張のように、手形上の請求をしないというような特約は存在しなかつたと述べ、

(2)  第二の抗弁については、被告石井同長安が本件手形の発行当時第一訴外会社の代表取締役であり、被告石井が当時第二訴外会社の代表取締役であつたことは認めるが、商法第二六五条は取締役自身がその所属する自己の会社と取引する場合に限つて適用せらるべき規定であるから被告の抗弁は理由がないと反ばくした。

三、証拠(省略)

理由

(一)  訴外ニュージャパンエンジニヤリング株式会社(以下第一訴外会社という)の設立にあたり、被告ら五名ほか二名が発起人となり、同人らほか一名がそれぞれ、原告主張のように、同会社の一株金五〇〇円の額面株式合計一万株を引きうけたことは当事者間に争がない。

しこうして(証拠)を綜合すると、上記引受株式については、同会社の発起人であつた南部庄蔵において払込むべき金額を他から一時融資をうけたうえ、昭和三十二年十一月四日株式会社中小企業助成銀行日暮理支店に払込み、同支店の株式払込保管証明書の発行をうけ、右証明書により同日会社成立の登記手続を了し、即日前記銀行支店より払込金額の全額の払い戻しをうけている事実が認められ、この事実にさらに(証拠)を綜合すると、右株式の払込は株金の払込を仮装したいわゆる「見せ金」であると認めるのを相当とし、かかるからくりは株式会社の資本充実の原則に違反する脱法行為であるから、原告主張の各株式引受人が適法に払込をなしたるものとは認め難い。されば、被告ら発起人は、前記「見せ金」による払込にもかかわらず、なお原告主張のように、右訴外会社に対して、連帯して株式発行価額の全額たる金五〇〇万円を支払うべき義務があるというべきである。

(二)  次に、原告が原告主張の手形二通(以下本件手形という)を前記第一訴外会社よりその主張の日に振出交付をうけたことは当事者間に争なく、また(証拠)によれば、原告が本件手形の所持人であつて、その裏書は連続しており、また、原告主張の日に適法に支払のため呈示したが、拒絶されたことが明らかである(もつとも、この点は被告石井においてはこれを認めている。)しこうして、右手形不渡の事実及び前認定の見せ金による払込の事実並びに(証拠)を綜合するときは、原告主張の債権保全の必要性はこれを肯認するを相当とする。

したがつて、本訴請求の当否は、もつぱら被告の主張の各抗弁が認容せられるか否かにかかわるものというべきである。

(三)  よつて、まず、被告ら主張の第一の抗弁につき考える。この点に関し、原告会社がかねて訴外日本自動車部品工業株式会社(以下第二訴外会社という)に機械を納入し、その代金支払として原告会社が後者の会社から約束手形の振出交付をうけていたが、右手形が不渡りとなつたことは、原告と被告長安同鈴木、同山本及び同海保の間では争がなく、また、原告及び被告石井に対する関係ではこれらの事実は(証拠)によつて明かである。これらの経緯と(証拠)を綜合すると、第一訴外会社は右第二訴外会社が経営不振となつた後、その輸出業務を継承担当させるために、当時第二訴外会社の代表取締役であつた被告石井及び本件各被告らが取締役となつて発足した会社であつて、かかる事情からして、原告会社としては右不渡手形の善後策として、第一訴外会社の発足成立後である昭和三十二年暮頃から同会社の取締役たる被告山本耕司その他と交渉し、その結果第一訴外会社において第二訴外会社の前記売掛代金債務を引受け、その支払方法として本件手形が原告会社に昭和三十三年二月十五日に振出交付せられた経緯を看取することができる。しこうして、この点に関し、被告海保及び同山本は被告らの抗弁に符節を合わせ、右手形振出に当つては原告会社において銀行に振込まないという特約があつたということをその尋問に際し述べているのであるが、右供述部分はその裏付がないのみならず、上来認定の経過に徴するときはにわかにこれを措信しがたく、他に上記認定を覆して被告らの抗弁を維持するに足る証拠はないので、被告らのこの点に関する抗弁は採用できない。

(四)  次に、被告長安ほか三名の訴訟代理人主張の前記第二の抗弁につき考えるのに、およそ商法第二六五条の適用範囲やその効力については学説判例が多岐に分れているが、当裁判所は同条はひとり取締役とその属する会社間の取引の場合のみならず、甲会社の取締役が他の乙会社の代表取締役をしていることを奇貨とし、甲乙両会社間で取引する場合も含まれるものと考える。かかる立場に立つて、本件手形の原因関係たる前認定の債務引受の効力につき考えるのに、この点に関し、当時被告石井が右第一訴外会社及び第二訴外会社の代表取締役の地位にあつたことは当時者間に争なく、(証拠)を綜合すると、当時被告石井は右両会社の代表として上記認定の経過により第二訴外会社の債務の肩替り即ち引受をなしたものと認められ、(中略)しかも右債務引受は事柄の性質上引受人たる第一訴外会社に損害を与えるおそれのある取引であるから、同会社取締役会の承認を必要とするところ、弁論の全趣旨ならびに(証拠)を綜合すると、このことに関し、同会社においては取締役会を招集したこともなく従つてその承認もなかつたものと認めるのを相当とする。したがつて、本件手形の原因関係をなす債務引受自体は被告主張のとおり商法第二六五条に違反するものというべきである。はたしてそうだとすると、本件手形はいわゆる原因関係を欠如する手形というのほかはないので、被告長安ほか三名訴訟代理人主張の第二の抗弁は理由がある。

(五)  よつて、原告の被告石井に対する請求は理由があるので、これを正当として認容し、その余の被告らに対する請求は理由がないので棄却し、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条第九二条に則り主文第三項のとおりこれを定め、仮執行の宣言は、その必要を認めないので、これを付けないこととする。よつて主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

裁判官 伊 東 秀 郎

裁判官 近 藤 和 義

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例